福岡山王病院
肝臓・胆のう・すい臓・神経内分泌腫瘍センター長
伊藤鉄英先生
フリーアナウンサー 旗本由紀子さん
第3回目から、お答えいただくドクターは福岡山王病院の伊藤鉄英先生にバトンタッチ。今回はフリーアナウンサーの旗本由紀子さんが、慢性すい炎の診断方法、紛らわしい疾患のこと、そして主婦の立場から、ご主人やお父様が慢性すい炎にならないために何をすべきか、万が一かかってしまった場合、家族として何をしたらいいのかなどを、伊藤先生に詳しく聞いてくれました。
「慢性すい炎は、女性も発症するものでしょうか?」(旗本さん)
「統計学的には圧倒的に男性の方が多いです。女性の場合は、原因不明の慢性すい炎が多く、
ストレスがすい炎発症に非常に関係しています」(伊藤先生)
旗本さん 慢性すい炎と言うと、ふだんからよくお酒を飲む男性がかかりやすいというイメージがあるのですが、女性も発症するものなのでしょうか?
伊藤先生 男性に比べると少ないですが女性も発症します。慢性すい炎の発症者数は年間7万人弱で、男女比率は4.6対1。つまり5人に1人が女性です。男性の場合、発症の原因の75%以上がアルコール性。それに対し、女性は25%と少ないものの、やはりお酒をたくさん飲む女性は、すい炎を発症する可能性が高いです。
旗本さん 私もお酒が好きなので、飲み過ぎて肝臓が悪くならないようにと気をつけていました。ただ、すい臓にもダメージがあることは知りませんでした。
伊藤先生 1日にアルコール量を60グラム(純エタノール換算)以上、すなわち、日本酒で2合半、缶ビールでロング缶2本ぐらいを飲む人と、全く飲まない人を比べると、飲む人のすい炎発症率が9.2倍上がることが、日本のデータで明らかになっています。40グラムまでだと2.3倍程度なのですが、60グラムを超えると急に発症率が高まります。女性でも酒量が多い人は注意が必要です。
肝臓との比較で言うと、実はお酒によって肝臓が悪くなる人と、すい臓が悪くなる人の2タイプに分かれます。特に飲酒にもう一つの因子が加わると、すい炎を発症する率が高まると言われています。
旗本さん もう一つの因子とは何でしょう?
伊藤先生 女性の場合はストレスです。先ほどもお話したように男性ではアルコール性慢性すい炎が最も多いのですが、女性は原因不明の特発性慢性すい炎が50%以上と多く、その発症の原因としてストレスが関連していることが分かっています。つまり、ストレスと遺伝的な背景、ストレスと便秘または脱水などが重なり、最初は不定愁訴(原因不明の体調不良)や過敏性腸症候群の症状から始まって徐々にすい臓が悪くなっていくわけです。
ですから、飲酒でストレスを解消するのではなく、あくまで楽しくお酒を飲むことを推奨しています。もちろん、その場合も、大量に飲むと肝臓へのリスクも高まるので、ほどほどが基本です。なお、厚生労働省は、1日アルコール量20グラム以下、日本酒なら1合弱、350ミリリットルの缶ビール1本くらいが適量としています。
旗本さん 我が家では“楽しく”を心がけて夫とお酒を飲んでいます。一応、週3日は「休肝日」にするという決まりを作って、飲む日は2人で350ミリリットルを3缶、ワインだったら2人で1本を空けるぐらいです。これぐらいなら許容範囲でしょうか。
伊藤先生 1日60グラムを超えているのでアウトです。ただ、旗本さんは週3日、「休肝日」を設けているとのことなので一概には言えません。ちなみに我々すい臓の専門家は「休すい日」と言います(笑)。
旗本さん 失礼しました。では、私もこれから「休すい日」と言うようにします(笑)。
「家族として、夫がすい炎かもしれないということは、
何を基準にして気づいてあげたらいいですか?」(旗本さん)
「朝起きると何となく体が重い、調子が悪い、背中が痛いなど自覚症状があるようでしたら、
受診を勧めてください」(伊藤先生)
伊藤先生 慢性すい炎患者の平均年齢は60歳前後ですが、非常に長い時間をかけて悪くなっていく病気なので、おそらく40~50代から発症している場合が多いです。症状がわかりにくいので気づかないまま日常生活を過ごしている人もいます。特に男性の場合、そのような方が多く見受けられます。
旗本さん まさに、うちの夫が50代です。お酒が好きなので、すい炎の可能性があるかもしれません。家族として何を基準にして気づいてあげたらいいのでしょうか?
伊藤先生 飲んだ翌朝、何となく体がだるい、背中に痛みがある、便がいつもより臭い、などとおっしゃるようでしたら、「一度、すい臓を診てもらったら」と病院での受診を勧めてあげてください。「前はどれだけ飲んでも平気だったのに最近はすぐ酔うようになった」「二日酔いで翌日がつらい」と言う時も要注意です。すい臓が弱り始めている兆候です。
旗本さん お酒に弱くなると、つい年齢のせいにしがちですが。
伊藤先生 年齢と共にすい臓の機能は確実に衰えてきます。いずれにしても「お酒に弱くなったなあ」というご本人の言葉を、受診へのきっかけにしていただければ。
旗本さん はい、そうしたいと思います。自分から話さないご主人の場合は、こちらから聞くようにするといいかもしれませんね。「最近、お酒飲んだ後、調子が悪かったりしない?」と。
伊藤先生 ご主人の後にトイレへ入った際に、今までとは異なる悪臭を感じた時も注意を促してあげてください。そばにいるご家族が早めに気づいてあげることが何より大切です。
「すい臓は“寡黙の臓器”。なかなか悲鳴を上げないので
自ら積極的にチェックすることが大切です」(伊藤先生)
「いつ、どんな風にお腹や背中に違和感があったか、
メモしておくと検査に行った時、症状を伝えやすいですね」(旗本さん)
旗本さん 慢性すい炎かどうかを調べるために、どのような検査を受ければ良いのでしょうか?
伊藤先生 まずはセルフチェックをしてください。肝臓は「沈黙の臓器」ですが、すい臓は「寡黙の臓器」と呼ばれるほど、本当に悪くなるまで悲鳴をあげません。どのような痛みがあるのか、痛みの箇所はどこか、いつ、どのくらいの頻度で痛みがあるのか、痛みが始まるとどれくらいの間続くのかなどを、意図的に把握しようとすることが大切です。
旗本さん 「いつもと違うな」と感じたら、メモをしておくというのはどうでしょう? 病院で受診の際、症状を伝えやすいと思います。
伊藤先生 とても良い方法です。すい炎は「油っぽいものを食べると、もたれる」「最近、消化が悪い」といった症状から始まる場合が多いので、それはいつ頃だったのか、もし痛みがあればそれはどんな感じだったのかを記録しておくといいでしょう。初期症状で多いのは腹痛、背中痛ですが、腹痛になるとやや進行している場合が目立ちます。
旗本さん なるほど。夫が腹痛、もしくは背中痛がすると訴えてきたら、とにかく検査を受けさせます。
伊藤先生 すい炎の検査を具体的に挙げると、採血、採尿、腹部超音波検査、腹部CT検査などがあります。血液検査ではアミラーゼとリパーゼなど消化酵素の数値を調べます。すい臓に炎症があれば、数値が上がりますが、進行した慢性すい炎では値が上昇しない場合もあるので、膵消化機能検査のPFD検査も行います。
旗本さん PFD検査って何ですか?
伊藤先生 すい臓の働きを見る検査です。試薬を水に溶かして飲みます。そうすると、すい液(すい消化酵素)が刺激されて出てきて試薬を消化します。尿の中へ消化された試薬が出てくるのですがこれを測定します。これによって、すい臓の消化力が確認できます。場合によっては、CT検査や超音波検査で腹部を確認し、すい臓の形やすい管の状態を調べます。そうした中で①血中すい酵素(特にリパーゼ)の数値異常②腹痛・背中痛・消化不良のいずれかの症状がある③画像にすい炎の所見がある、の3つのうち、2つを満たせば、すい炎とみなしてさらに検査を進めていきます。
精密検査として実施するのが超音波内視鏡検査(EUS)です。内視鏡の先端に超音波装置を組み込んだもので胃や十二指腸内からすい臓を観察します。これを使うとすい管の変化などをかなり細かく把握できます。他にも腫瘍マーカーなどの検査を実施して総合的に診断していくことになります。
旗本さん 専門的な検査が多くあるようですが、自治体の健康診断ではここまで細かく検査をしてくれません。人間ドックなら可能でしょうか?
伊藤先生 人間ドックでもここまでの検査を受けることは難しいです。人間ドックで検査を受けたいなら、すい臓検査を自己申告する必要があります。何も言わないとすい臓検査は行われないのが一般的です。
旗本さん では、どこですい臓の検査は受けられるのでしょうか?
伊藤先生 すい臓は消化器系の臓器なので基本的には消化器内科です。ただ、消化器内科でもすい臓の専門医がいるところはまだまだ少ないのが現状です。できれば、日本すい臓学会のホームページで、すい臓の認定専門医の有無を確認した上で、病院を選んで検査を受けてください。私が勤務する病院には「すい臓ドック」がありますが、これも全国では珍しいと思います。
旗本さん すい臓の専門医はそんなに少ないのですか?
伊藤先生 すい臓学会の医師が約4000人。消化器内科にはその10倍の医師がいます。今、すい臓の専門家を増やし、すい臓の検査をもう少し気軽に受けられる環境整備をしているところです。
旗本さん なるほど。気になるなら、まずは人間ドックで可能な検査を受けてみて、疑わしい症状がある時は何はともあれすい臓の専門医に診てもらうのが良いですね。
伊藤先生 もしくは、まずは消化器内科で胃カメラ検査などを受け、胃や腸に問題がなければ、すい臓の先生に診てもらうという順番でもいいと思います。
すい疾患チェックシート
下の項目で当てはまるものがないか、自己チェックしてみましょう。
診断結果
「慢性すい炎と紛らわしい病気にはどのようなものがありますか?」(旗本さん)
「近いのは過敏性腸症候群。気をつけなければならないのはすい臓がんです」(伊藤先生)
伊藤先生 紛らわしいのは過敏性腸症候群です。この疾患もストレスが原因であることが多い上に、お酒を飲まなくともすい炎になる人の場合は、不快な腹痛や下痢が続くといった具合に、過敏性腸症候群に似た症状が出てきます。
その他には、胆石が挙げられます。場合によっては同じすい臓の病気である、すい臓がん、急性すい炎などの恐れもあります。
旗本さん 症状が似ていると、自分が慢性すい炎の初期症状か、もしくは別の病気なのか、その見極めと判断は難しいですね。
伊藤先生 その通りです。アメリカの医学書には「すい臓は全消化器の中枢である」「脳みそである」と記されています。つまり、すい臓が悪くなるとすべての臓器が悪くなる。だから、消化器系のどこかが悪い時は必ずすい臓を思い起こせ、と。しかし、その意識はまだまだ医者の世界でも広がっていません。
旗本さん すい臓はそれだけ重要な臓器ということですね。しかも、寡黙だからこそ、すい臓疾患はなかなか発見されないという、何ともやるせないです。
伊藤先生 慢性すい炎の早期発見を急ぐのは、すい炎がすい臓がんに進行しやすいからです。しかも、糖尿病にもなりやすいということで、慢性すい炎はまさに危険リスク疾患です。幸い「早期慢性すい炎」といって、非常に初期段階の軽いすい炎の診断が最近になってできるようになりました。その段階で治療すると、ある程度、元に戻ることも分かってきました。われわれ専門家はすい炎の早期発見、早期治療で「すい臓がんザ・ストップ」をめざしています。
「万が一、家族が慢性すい炎になってしまったら何をしてあげればいいのでしょうか?」(旗本さん)
「油もの、辛いものを避けるなど、食生活を改善するのが最善策です」(伊藤先生)
旗本さん いろいろ慢性すい炎について分かってきました。女性も発症のリスクはあるものの、アルコールを飲む男性に多いということなので、もし夫や父親が慢性すい炎になってしまったら、家族としてはどう支えてあげたらいいのでしょうか?
伊藤先生 とにかく食事に気をつけることが一番です。私の病院ではご主人が慢性すい炎の場合、奥様にも来てもらい、食事指導をさせてもらっています。
注意点は次の7つです。1つ目はすい臓を刺激しないこと。そのために油ものは控えていただきます。油ものはすい臓を刺激しますので、1日の食事の脂質は40~70グラムに抑える。2つ目は辛いものを避けること。唐辛子に含まれるカプサイシンもすい臓をかなり刺激し、炎症を悪化させてしまいます。
3つ目は脱水症状に陥らないように気をつけること。すい液は水道水のようにサラサラなのですが、アルコールによって一気に粘度が増してドロドロになります。それゆえ、適度な水分補給が必要です。
旗本さん アルコールも水分ではないのですか?
伊藤先生 お酒は水分とは言えません。アルコール度数の高いお酒はなるべく薄めてください。ワインなどを飲む時は傍らに水を置いて、すい臓をいたわりながら飲むようにしてください。
4つ目は便秘をしないようにすること。便秘でお腹が張るとすい液の流れが悪くなります。5つ目は、よく噛んでゆっくり食事すること。噛めば噛むほど食べ物の表面積が小さくなり、自分の出したすい液で消化しやすくなります。
6つ目は冒頭にお話ししたようにストレスをためないこと、そして、7つ目はアルコールを控えること。以上の7つの注意点は、実は、慢性すい炎の予防にもなることです。
旗本さん 日常の小さな不摂生が慢性すい炎につながるわけですね。逆に、少しずつ生活習慣の改善を積み重ねていけば、慢性すい炎を予防することができる。今お聞きした7つのことの実践を心がけたいと思います。
伊藤先生 ただ、何度も言うようですが、気になる症状があれば、迷わず検査を受け、場合によっては専門医に診てもらうようにしてください。
旗本さん 了解しました。帰ったら早速夫に話し、実家の父にも電話して食生活、飲酒生活を改善してもらうように伝えます。本日は大変勉強になりました。ありがとうございました。
PROFILE
いとう・てつひで/福岡山王病院 肝臓・胆のう・すい臓・神経内分泌腫瘍センター長
九州大学卒業。神経内分泌腫瘍・胆すい疾患に関して最先端の機器および知識を用いて、最良の医療を提供。すい炎・すい臓がんのみならずフォン・ヒッペル・リンドウ病、MEN1型腫瘍などに合併するまれな神経内分泌腫瘍に対しても豊富な診療経験から的確な診断および治療を行っている。
PROFILE
はたもと・ゆきこ/山形大学教育学部卒業後、山形放送を経てフリーに。主な出演番組にTBS「はなまるマーケット」、J-WAVEニュースなど。国家資格の鍼灸師の他、AEAJ認定アロマテラピー・インストラクター、アロマセラピスト、日本漢方養生学協会認定漢方スタイリスト・薬膳アドバイザーなど健康に関する資格を多数保有。
次回予告:第4回は慢性すい炎を専門とする福岡山王病院・伊藤鉄英先生のインタビューを予定しています。
からの記事と詳細 ( 先生、教えて!「慢性すい炎」はどのように診断するのですか? - 朝日新聞デジタル )
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