キリンビールが発表した2021年のビール類の実績によると、ビール類の販売量は前年比4.1%減の157万1000キロリットルだった。そんな中で気を吐いているのが18年に発売した新ジャンル(第3のビール)の「本麒麟」だ。
3月にリニューアルした本麒麟の新CMの発表会がタレントのタモリ、女優の杏のほか、國村隼、高畑充希、滝藤賢一を迎えて開催された(敬称略)。マーケティング本部の松村孝弘ブランドマネージャーに開発コンセプトを聞いた。
タモリ流「3度注ぎ」を披露
「こういう新CMの発表会は初めてなので緊張とともに光栄だなぁと思っています。CMの撮影では(スタッフから)本当に1杯だけですからといわれて『自信あるんやな』と思ったんですが、本当においしかったですね」
記者発表会では新たにCMキャストに加わった國村が、起用された喜びを話した。その後、スペシャルゲストとしてタモリが登場すると、杏が以前、タモリに教えてもらったという「3度注ぎ」の披露をリクエストした。
タモリは「皆さんやっていることで、私が開発したわけではないんですけどね……ちょっとしたコツがあります」と実践を始める。
「グラスは冷凍庫で冷やしておきます。本麒麟を注ぎ始めたあと上に缶をあげます」とゆっくり話す。グラス内は、ほとんどが泡になったあと、徐々に本麒麟の量が増えていき、全体の半分くらいまで泡がなくなると2度目を注いだ。
「ゆっくり、ゆっくり注いでください」と、タモリは泡がグラスの上に届くまで注ぐ。そして、しばらく待ってから3度目を注ぎ始めた。「次はコップの上を超えて泡が盛り上がってきますが、こぼれません」という。
待っている時間は長く感じたものの、タモリは「期待が高まるんです。僕は毎回やっています。待っています。味が全然違うから」と、登壇者と報道陣に自信を持って勧めた。
國村隼「お酒は人間関係の潤滑油」
今や日本で一番忙しい俳優の1人ともいえる名優・國村隼に、CM出演のオファーを受けたときの気持ちを聞くと、「基本、お酒は好きですし、ありがたいことで」と笑う。「普段はビール類を飲みますか?」と聞くと、「スターターとして絶対ですね(笑)。あとは焼酎、日本酒です。焼酎はクセのある芋焼酎です」と、酒全般が好きなようだ。
コロナ禍で飲む機会は減っているものの、日本独特の文化「飲みニケーション」については「スタッフの方とのコミュニケーションに大切ですよね。食事もそうですけど、そこにお酒があると、それまでよりも関係がぐっと縮まるんです」と、酒の効用を語る。
タモリが見せた3度注ぎの感想を聞くと「味が変わりますよ。泡も味の1つで、少し面倒かもしれませんけど、実践する価値はホントにあると思います」と話した。
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キリンラガービールと同じホップで「本気度」示す
2021年のビール類の販売実績は、キリンビールが2年連続で首位に立ち、2位がアサヒビールだったようだ。国税庁が発表した21年3月の「酒のしおり」によると、酒類課税移出数量は1999年の1017万キロリットルをピークに徐々に減少。2019年には865万キロリットルにまで落ち込んだ。
その中でビールの割合は1999年時点では半分以上を占めていた。だが2019年には3割に満たないことから、ビールの販売実績の落ち込みは非常に大きいといえる。
市場調査会社インテージが21年7月に発表した調査「−With Corona−‘新しい日常’へ兆し」では、「新型コロナウイルスの影響を受けて、以前よりも価格が安いものを選ぶようになったり、費用を抑えめにしているもの」との問いに「ビール、発泡酒・第3のビール」と回答した人は20年12月には6.6%だった。その後21年6月には7.3%と、ビール類の購入を控える人が増えている。
21年は酒税改正で売り上げの減少があったものの、18年の発売以来、本麒麟の売り上げは基本的に右上がりだ。22年は前年比13%増の2070万ケース(26万2000キロリットル)の販売目標を立てている。ただし、ビール類はたくさんの種類があり、人によってはほとんど味が変わらないと思っている層も存在する。
ここで重要になるのが他社製品との差別化だ。松村ブランドマネージャーに今回のタレント起用の理由を問うと「本麒麟はいろいろな方に飲んでいただいているので、國村さん、高畑さん、滝藤さんという幅広い年代の方に登場いただきました。特に20年からタモリさんを起用している理由は、舌の肥えた、味をよくご理解いただいている方だからです」と説得力を持つブランドを目指しているとした。
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愚直に商品の良さを伝えていくしかない
今回の本麒麟はブランド開発開始から「1500日の開発期間」と銘打たれている。松村ブランドマネージャーよれば「2018年に開発してから今に至るまでです」と話す。
CM撮影でタレントに出す杯数を1杯だけにこだわった理由について聞くと「商品力があり、1杯でお客さまにおいしさを分かっていただける自信があるからです。1杯に込められたおいしさを出演者の方に体感してもらいその様子をドキュメンタリー的に撮っていく手法がより訴求できると考えました」という。
リニューアルにあたりどういった課題があり、客からはどんな要望があったのか。
「コロナ禍で家飲み中心となり、自分に向き合う時間が増えたのか、自分にとっていいものを飲みたいという要望が増えました。本麒麟が支持されている理由は、『華美なおいしさ』というよりも、『普段使いのおいしさ、日常に寄り添えるおいしさ』があるからです。飽きない、相棒のような商品を目指しました」
ビール類と言ってもすっきり、まろやかさ、コク、苦みなどいろいろな味がある。日常で飲むとなると、結局は何が好まれるのか。
「バランスだと思います。理想的には、最初は飲みごたえがありつつ、飲んだ後にすっきりした後味があり、余韻が残るものです。そのため、リニューアルの前までに膨大な数の試飲データを集めました」
デザイン面はどうか。スーパーやコンビニの陳列棚には、たくさんのビール類が並んでいる。もしビール類の知識がない場合、どれを選ぶか迷うはずだ。その中で本麒麟を選んでもらう必要がある。手に取ってもらう工夫はしているのか。
「本麒麟という名前を掲げたので、コーポレートカラーの赤を使用しました。発売当初は、ほとんど見たことのない色でしたので、店頭で映えると思いました。また新ジャンルゆえに品質に疑念を持つ人がいてもおかしくはありませんから、品質の良さを感じるためのデザインも考えました。お客さまにも缶のデザインについて意見を聞きました」
筆者も若い人と飲む時、苦いからという理由でビール類を飲まない若者が増えたと感じる。そういう客層の開拓はどうするのか。
「初めてビール類を飲むときは、自分で買うよりも先輩や友人と飲むことが多かったと思います。なんとなく飲んでいるうちに、苦みに慣れていくはずです。今は特にコロナでお客さまとの接点が減りましたので、何とか飲んでもらう機会を作り、愚直に商品の良さを伝えていくしかないですね」と正攻法で勝負するという。
本麒麟のブランドチームは5人ほどだ。本麒麟は急逝した布施孝之前社長が就任した後の新商品であり、「皆さまに愛される商品を作りたい」という前社長の並々ならぬ気持ちを感じていたそうだ。事実、本麒麟が発売される前もたくさんのビール類を開発してきたものの、なかなか成功するビール類は誕生しなかった。生き残るビール類と、そうではないビール類の違いを聞くと「お客さまの声を聞いて、開発できているかどうか。そして進化させていけているかどうかに尽きると思います」と話す。
進化という意味で、本麒麟は独特の製造方法を採用している。
「今回、デコクションという製法を取り入れました。理由は、製造の途中で2つの仕込み窯に分けて材料を煮込み、再び1つの窯に合わせることで深いコクとまろやかさ、すっきりとした後味を醸成できるからです。またホップは、キリン伝統のヘルスブルッカーホップを使っています。ずっとキリンラガービールで使用してきたものですが、キリンのモノづくりの姿勢を示す意味で本麒麟にも使うことを決めました」
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49円の価格差 ビールと第3のビールの違いは?
ビールの税金は現在77円、第3のビールは28円だ。両者には49円の価格差がある。つまり、キリンラガービールを愛飲してきた人にとっては、新ジャンルのビールに同じホップを使うことに複雑な思いを抱く人もいるはずだ。
「キリンとしては一番おいしいビール類を飲んでもらいたいというところで、ゼロベースで考えて作っているところがあります。値段という要素はあると思いますが、ブランドを愛してもらいたい思いがあります」
どちらも同じホップを使い、製造に力をいれているのであれば、例えば、キリンラガービールがいくら値下がりすれば本麒麟に、または本麒麟がいくら値上がりすればキリンラガービールに衣替えするのか。
「一概にはいえないのですが、ビール類の税率は23年、26年と段階的に1本化されます。価格は当社ではコントロールできませんので、ブランドイメージ、味などで満足できる世界を作っていくことが必要だと思っています」
他社は意識するのか。
「もちろん気にしていますが、一番気にしているのはお客さまの声です。お客様の声が一番だと考えています」
市場環境でいえば、筆者は新ジャンルを「デフレの象徴」と考えている。個人の給与が伸びれば、キリンラガービールやスプリングバレーばかりを売っていてもいいはずだ。つまり「日本が貧乏になったからこそ新ジャンルが誕生した」とも言える。どう考えているのか。
「おいしいものを味わいたい思いは皆さんあると思いますので、当社としては、選択肢を提示することが大事だと思っています。スプリングバレー、一番搾りもありますので、お客さまが一様に低価格を求めているというより、ビール類を通してお客さまの生活を豊かにするようにサポートしていくのが当社のスタンスです」
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ビール業界の競争を勝ち抜くヒント
先の國村へのインタビューでは「俳優人生の中でチャレンジングだったと思う瞬間はいつか」と聞くと、こう教えてくれた。「僕にとって2作目の映画が『ブラック・レイン』でした。映画製作のことをあまり知らないままハリウッドのシステムに入って演じたわけですが、初めて『これがアガるということか』と感じました。そして緊張すると視界が狭くなるものなんだ」と。
國村は他の俳優と比べても外国映画に出演する割合が高い。どのように良い演技をしようとしているのかと聞くと「『海外だから』というのはないんです。言葉の違いはもちろんありますが、映画を作ること自体は変わっていません。台本という共通の設計図をもらって自分と向き合う時間を持つ。そのあとは俳優として現場でやるべきことはどこでも一緒ですね」と気負いなく、するべきことに集中することが重要と話した。
環境が変わってもやるべきことに愚直に取り組むこと。このスタンスが國村をトップ俳優に押し上げた。この姿勢はビール業界の競争を勝ち抜くうえでもヒントになるかもしれない。挑戦と、愚直な取り組みを続けたプレイヤーが生き残っていく。
市場環境として、ビールと新ジャンルの税率改正により、その価格差が縮まることが確定している。
苦さのあるビール類が若者に遠ざけられていることを考えると、ビール類のライバルは甘くて飲みやすいチューハイではないかと松村ブランドマネージャーに聞くと、「広い意味でライバル」だと認めた。しかも人口減少で市場が縮小し、賃金も上がらない。本麒麟自体の売り上げは好調といえども、立ち止まれば失速する要因が周辺環境にはそろっている。
それだけに、本麒麟の開発チームはこれからが腕の見せ所と言えそうだ。
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