岸田文雄首相(21年11月30日撮影)
岸田文雄首相(21年11月30日撮影)

安倍晋三元首相の国葬をめぐって、賛否両論割れた国民の意見がまとまる気配は今もって、見えない。岸田文雄首相が、9月8日の国会閉会中審査というチャンスを得たことできちんと説明し、なんとなく納得できない国民のわだかまりを解いてくれたらよかったのだが、そんな機会が訪れることはなかった。国葬問題や、自民党と旧統一教会との関係をめぐって、支持率も落としている岸田首相だが、そんな状況を挽回するために用意された「一大決戦」の場で、惨敗してしまったような感じだ。

今の状況は、国葬の対象となっている安倍氏に対しても、また参加を表明している各国首脳にも礼を失しているという声を、複数の自民党関係者から聞いた。8日の国会での首相の説明を聞いた、ある議員秘書は「そもそももう実施が決まっている。はなから、真摯(しんし)に説明しようという空気には見えなかった」と指摘。「実際に国葬が行われる日まで、吹き荒れる嵐がやむのを待つしかないと、たかをくくっているのではないか」という声もあって、どうやら党内でもあの日の国会答弁は不評だったようなのだ。

岸田首相はかねて「聞く力」を売りにしているが、総理大臣たるもの、いろんな聞いた上で、決断したり、ちゃんと説明したりする力のほうが大事なのではないかと、だんだん思えてきた。岸田首相は何か重要な決定ごとの前に、麻生太郎副総理、茂木敏充幹事長に松野博一官房長官をまじえて昼食を取ることが多い。首相動静を見ると、昨年の首相就任後に始まり、4月以降は先月をのぞきほぼ毎月1回、行われてきた。今回、国葬を決めた7月14日の前日13日、今回も国会審議前日の9月7日に、昼食会が行われている。ここでどんな話があったのだろうか。

出席メンバーを見ると、、安倍氏の葬儀を国葬にする重要性を説いたとされる麻生氏、旧統一教会と関連ある議員の数の公表をめぐって、岸田首相と異なる案を示したとされる茂木氏が含まれている。議員公表については、明らかにされた179人のうち、58人の名前が公表されなかったが、政界関係者の間では、岸田首相と茂木氏の間で、公表数の「押し引きがあった」結果、全員の名前が公表されかったとの見方が広がっているという。これでは、首相は「聞いてばかり」ではないのかと疑ってしまう。

国葬実施に関しては、首相自身の強い思いがあったという。しかし、確固たる信念に裏打ちされた根拠を、きちんと説明できないことが、混乱の原因になっているような気がする。

安倍晋三元首相(2022年7月6日撮影)
安倍晋三元首相(2022年7月6日撮影)

岸田首相は、あまり感情を表さない淡々とした口ぶりで知られるが、今回の国会審議のような場でこそ、1人でも共感が広がるような「意義」を、熱っぽく語ったほうがよかった。先日語った「行う理由4項目」はこれまでの説明と変わらないし、当初公表の2・5億円から、一気に16・6億円に大幅アップしたものの、本当にそれで経費がまかなえるかどうか分からない、しらけ感。参列が明らかになっているハリス米副大統領やカナダのトルドー首相など数人の名前を羅列することが、強い説得力あるやり方ではないことが、分からないはずはない。つまりは、共感を得るための打つ手がないことの裏返しだ。

説明の不足を指摘されても「謙虚に受けとめながら、丁寧に説明を続けていく」と繰り返すだけでは、のれんに腕押し。「検討」を繰り返すことで「検討士(遣唐使)」とやゆされるが、また新たなネーミングがついてしまうのではないか。そもそも、野党側は、国葬決定の前になぜ国会で説明がなかったのかという手続き論の部分で、首相の対応を批判する指摘も多い。仮に説明していても反対する政党はあるだろうし、状況は今とあまり変わらないかも知れないが、実施決定に当たって「説明した」という事実関係があるのとないのとでは、大違いだ。

日本で安倍氏の国葬実施の是非がもめている中、英国でエリザベス女王が9月9日に逝去され、9月19日に国葬が行われるということになった。訃報の後、日本で「本物の国葬」というワードが、SNSのトレンド入りする異常な事態になっている。人の死が、そんな形で論じられることは本来、あってはならないはずだが、そんな状況をつくっているのは、岸田首相自身という皮肉な状況。安倍氏の国葬まで国民に理解をしてもらおうという姿勢が見えないまま、時間だけが過ぎていくのだろうか。【中山知子】