錦江湾と桜島を望む標高約400mの高台に、そのウイスキー蒸溜所は鎮座している。足元には蛇行したクリークと18番グリーンが見える。桜島の最高峰から名付けられたこの御岳(おんたけ)蒸留所とゴルフ場を仕掛けたのは、焼酎「宝山」で有名な西酒造(本社:鹿児島県日置市)だ。
話は2011年にさかのぼる。西酒造は、鹿児島市内から車で20分ほどの丘陵地にある鹿児島ゴルフリゾート(旧鹿児島ゴルフクラブ)を買い受けた。当初は運営を委託していたが、周辺の価格競争が激しく赤字が続き、わずか5、6年で委託先が撤退した。同じころにウイスキー蒸留所の建設地を探していた同社は、この土地がきれいな水と澄んだ空気に恵まれていることに気付いた。それが、ビジネスアイデアの発酵がふつふつと始まった瞬間だった。
ゴルフ場に蒸留所と樽貯蔵庫を併設し、ニューポット(蒸留直後のウイスキー)を樽(カスク)のまま販売する。完成品ではないところがポイントだ。ウイスキーは樽に貯蔵してから熟成が進んでいく。その期間は最低3年、長くて数十年に及ぶ。「一緒にウイスキーを作りましょう!という意図です」と西酒造の経営管理部長、大門康彦さんは言う。カスクのオーナーは何度もここを訪れて、ウイスキーの熟成を見極め、友人と語り合い、ゴルフに興じることができる。ゴルフ場のコンセプトは“蒸留所の庭”にした。土地利用の制約をクリアして蒸留所が建設され、初号ニューポットがお目見えしたのは2019年の冬だった。
ウイスキーの発祥地には諸説あるが、アイルランドもしくはスコットランド説が有力である。両地はゴルフとも縁が深く、2019年の「全英オープン」が開催された北アイルランドのロイヤルポートラッシュ近郊には、1608年にできた世界最古のウイスキー蒸留所であるオールドブッシュミルズ蒸留所が現役バリバリで稼働している。スコットランドのゴルファーたちは寒さをしのぐため、スコッチをちびちびやりながら18ホールをプレーするという話も有名だ。
ゴルフ場は2021年に既存メンバーの預託金をすべて返却、一定期間を経てクローズし、現在はコース改修工事を行っている。再オープンは2024年後半の予定。将来的にはオーナーズルームを完備したレセプション棟(クラブハウス)、ダイニングのある受付棟、ウイスキーショップなどの建設も予定されており、ゴルフ場を含めたこれら施設は、基本的にはウイスキー樽の購入者のみが入れる「御岳蒸留所オーナーズクラブ」のメンバーだけが利用できる。
幕末の日本を動かしたこの薩摩の地に実際に足を運ぶと、西酒造のものづくりへの意気込みが隅々にまで感じられて息をのむ。あるとき、同社の蒸留責任者が「少ない原料でたくさんの原酒を作るか、少ない時間でたくさんの原酒を作ることで生産性が上がる」と言うと、西陽一郎代表は「それは違う」と否定して「西酒造はきのうよりうまい酒ができた時に『生産性が上がった』と言うんだ」と諭したという。
ゴルフとウイスキーのマリアージュ。世にも珍しいウイスキー樽オーナーのためのゴルフ場は、ゴルフのあり方への切れ味鋭い新提案であり、酒造メーカーならではの発想だろう。世界的にも人気の高い「ジャパニーズウイスキー」のゴルフ会員権は注目を集めそうだ。
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