ようやく第一歩を踏み出したと言える。リニア中央新幹線の南アルプストンネル(静岡市葵区)工事を巡り、JR東海の金子慎社長と静岡県内十市町の首長らの会談が今月中旬、初めて実現した。
ここまで直接対話に至らなかった理由は、両者の溝の深さに加えて、静岡市が単独で交渉し、二〇一八年に地元のトンネル整備費(百四十億円)の全額負担をJRに認めさせたことが背景にある。工事現場はあるものの、大井川から利水していない静岡市とは一線を画して、流域十市町は直後に協議会を立ち上げた。交渉窓口は県に一本化し、JRと流域市町が直接対話することを避けてきた。
流量減少の議論は終着点が見通せず、「大深度地下工事」や「盛り土の流出」など他の懸念材料も噴出する中、JRは「流域の理解なしに着工しない」姿勢を明確にし、初会談の場が持たれた。
非公開の議論に進展はなかったとみられるが、「命の水」に対する地元の切実な声を聴き、金子社長は肌感覚としても、問題の根深さを認識したに違いない。眼前の難題を解きほぐすためには「対話の積み重ね」こそが肝要であることを改めて強調しておきたい。
JRの姿勢には、国際的な視線も注がれている。南ア一帯の三十万ヘクタールは一四年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の生物圏保存地域「エコパーク」に登録された。エコパークは、豊かな自然環境と持続可能な経済活動による「共生モデル」であり、国内に計十カ所ある。十年に一度、ユネスコへの現状報告が義務付けられ、動植物の保護や開発状況など、現在、国内の専門家による報告書の草案づくりが進む。
世界遺産などと異なり、エコパークは理念上、人工的な開発行為そのものは否定しない。ただ、登録当初から携わる専門家の一人は、JRは流量減少や環境保護、防災面で「地元への丁寧な説明を怠ってきた」と指摘する。流域市町の不安や懸念を払拭(ふっしょく)できていない現状、理由を社名を挙げて報告書に盛り込む予定という。
膠着(こうちゃく)状態を打開するため国土交通省が立ち上げた有識者会議は今月二十六日、五カ月ぶりに開かれた。次回会議でJRの主張をほぼ採用する形で流量減少に関する一定の見解がまとまる公算だが、JRは今後も丁寧な説明を真摯(しんし)に重ねる姿勢を忘れてはならない。
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